〜しまこの旅行記〜
(2003年9月1日〜7日)


 プロローグ

自分は懸賞マニアであるからして、ヤフーに載っているバナー広告などはクリックせずにはおれず、今回の海外旅行の件もそこから発生したと思われるが、全く記憶になかった。「多分送ったかもしれない」程度で、「TOYOTA主催、イビサ旅行7日間プレゼント」の当選の電話を受けた。
本気で応募していた皆さん、申し訳ありません。

大学のゼミでのベトナム旅行が決まった酒宴の席で母から電話で当選の旨を伝えられ、ゼミメンバーに報告。みんな呆気にとられる。
20歳以上のペアで必ず参加のことなので、「こいつとなら海外へ行ってもいいかな」と思える友達に電話をする。しかし、5人くらいに断られ(大学の授業、金欠、サークルの合宿とのかぶり)、雲行きが怪しくなってくる。

ついに、ギャルの姿をしているが、心はまともな同い年の大学の友達に電話をし、承諾をもらう。電話の向こうでは「ぎゃー!!」と歓声があがっている。「留年になろうが行く」という逞しい意見を得て、旅行のメンバーは決まる。
当日までスペイン研究をしようとするが、イビサに関する情報があまりに乏しいので断念。

このサイトが無ければ、予備知識ゼロでした。
感謝です。

 9月1日(日本)

成田出発のため、奈良県在住の私たちは大阪伊丹から羽田に行き、成田から飛ぶというコースを選ぶ。国際線出発時間の24時間以内なら、国内線が半額で乗れてしまうのである。
午後2時には羽田に着き、ギャルたっての希望で渋谷109に向かう。ギャルショップでクラブ向けな服などを物色し、スペイン前に散財しまくる。

夜遅くに成田に着いたため、店がほとんど閉まっていて、ひもじくパンをかじる。

 9月2日(日本→バルセロナ)

この日から本当の旅行の始まりである。特別待合室にてTOYOTAの偉いさんやJTBの担当の人、他の当選者たちとの結団式が。

クラブツアーなので、当選しているのは30代くらいの夫婦3組と30代の女性のペア。大学生のペーペーは私たちだけであった。明らかに浮いていたが、持ち前のプラス思考でカバー。
日本航空でアムステルダムまで行き、イベリア航空に乗り継ぎ、バルセロナ泊。

興奮して寝ずにいたため、爆睡。

 9月3日(バルセロナ→イビサ)

朝から雨。スペインなのに。
オリンピックスタジアム、サクラダ・ファミリア、ピカソ博物館などを見て超豪華な食事を食べ、夕方からいよいよイビサ行きのスパン・エアーの飛行機に乗る。

と、思ったら、50分以上は遅延しての出発。右横の白人男性は切れてるわ、左横の白人女性も苛立ってくるわ、並々ならぬ雰囲気に。機内では、ラジオを持ち込み音楽を鳴らして馬鹿騒ぎをする馬鹿者の居て、わけのわからん状態でした。乗務員の行動にはいちいち口笛が飛ぶし。

やっとこさ着いたイビサ島。

イビサ空港周辺


荒地が多く、緑の楽園ではないみたいである。

バスが用意してあったので、それに乗り込み、配布されたイビサの分厚いフリーペーパー的な本を読む(アムネシアと書いてあるもの)。おお、なんとエロいんだ。こんな所に飛び込むなんて。私とギャルはクラブに行ったことが無く、今日の昼食会時に、「明日の昼食には、大沢伸一が来てくれます!」と言われた時にも、ほとんど無反応だった。有名な人だったのね・・・。

現地でのガイドは「ホセ」という白人の方。英語しか通じないらしく、英語最下位クラスの私たちには理解不能なので、あまり意味なし・・?でも、クラブの手配など頑張ってくれて感謝してます。声がさんまっぽいです。

若干、不安になりながら、エル・コルソ・ホテルに。このホテルは4つ星リゾートホテルらしく、設備も整っていて部屋も綺麗。水を出したら、すぐに湯が出てくるのが素晴らしい。後日のベトナム旅行で、その有り難さを実感。

ホテルからの眺め



ホテルからの夜景



まずは、ホテルの地下のバーらしきところに集まって、MTVのイビサ特集を見せられる。日本から同行していた、イビサに詳しいという日本人の方が、実は現地のクラブで回すDJトモという人だということが判明。というのも、そのテレビ番組に出ていたからである。
フォームパーティーの様子を見て、その過酷さに度肝を抜かれる。
 
今晩はクラブPACHAに行くので、部屋でゴロゴロしつつ、出撃を待つ。
1時くらいに行って3時くらいに帰るので、ピークとは無縁だったが、雰囲気に圧倒されまくり。

Pacha




初クラブなもので、最初は複雑な内部構造の中をぐるぐる歩き回ることに費やす。
飲み物は激高でコーラに1000円以上も支払う。ぼったくりもいいところである。「龍」と書かれたTシャツを糸口にナンパしてくる連中をかわしながら、メインフロアで踊る。

PACHAは老舗だけあって、年配の人も多く、ねっとりした雰囲気が漂っていた。

3時に、タクシーでホテルまで帰してもらう。

 9月4日(イビサ2日目)

朝から、バイキングの生ハムとチーズを食べまくり、イビサマリーナ周りのショップを巡る。物価の高さにびっくり。ドレス高すぎじゃ。
近くのタラママンカビーチに行くのに散々迷う。全く逆方向に歩いてしまう。でも海岸線からイビサ城と水平線が見えてスッごく綺麗だった。海が澄んでいる。人もおっとりしている。

昼から、噂の大沢さんとのランチ。
ギャルは、直前まで「大沢さん」を「東城さん」と勘違いしており、失礼千万であった。うわ、顔濃い人だな、と思っていたら、先制パンチで彼から「失礼ですが、日本の方ですか?」と聞かれる。私の顔もフィリピン人と見間違うくらい濃いので致し方ないか、と思いつつ、彼のイントネーションから、滋賀県出身ということを発見する。
かわいらしい奥さんと、日本のギャル事情や最近の恋愛について話し合う。

今日のメインはロブスターだと聞いていたので、明らかに車海老くらいしかないエビ料理が出てきた時に、私は「これロブスターちゃうか??」と口走り、大沢さんの奥さん初め、全員が小さいエビをロブスターと勘違いする。「へえ〜、ロブスターって小さいけど、プリプリしていて美味しいね」と奥さんが話していると、パエリアの中に巨大なエビが入って出てきた。「あれ?こっちがロブスター??」みんな軽くショックに陥る。ロブスターって、イセエビ並み
にでかいものなんですね・・・。

「今晩、Privilegeで回すので、良かったら来ませんか?」との大沢さんからの誘いを受け、TOYOTAからお金も出るみたいなので、有り難く行かせてもらうことに。

3時間くらいかけての昼食会の後、店の人が「こんなにたくさんの日本人が来ることはもう無いので、是非記念写真を撮らせてくれ」と言ってきたので、快諾。確かLA BARRACAという名前のレストラン。タラマンカビーチにあり、今年の情報本にも載っていたはず。写真が飾ってあるのか、非常に気になる所です。
 
その後、ホテル前から出ている船に乗りイビサタウンに。

イビサタウンへの船


私たちは中学生以下の英語能力なので、身振り手振りと愛の力で、かろうじて船代金を往復料金にしてもらう。船員の人はホセに似ていた。旅行中、ホセネタで何回も笑っていた。ホセ、ありがとう。

 イビサタウンではセールをしており(もうすぐシーズン終わるからかな)、胸が大胆にも開いている勢いで着るようなドレスを、7000円くらいで購入。服は可愛くてユーロ表示のため、ついつい財布の紐も緩みがち。ユーロって高いんですね。はははは。

そこらにある犬のうんこを避けながら、イビサ城にも行ってきた。
うわー、町並みが違う!!地中海してる!!瓦じゃなくて、白い壁でできた四角い家、家、家。
本当に外国に来たのだと実感。



結婚式をしていたので、激写。



初海外がこんな素敵でいいのかしらん??と思いつつ、夜景を眺めてホテルに帰る。

3時間くらいの仮眠をとり、いざプリビレッジへ。タクシー飛ばしすぎ。カーブをそんなスピードで曲がらないでください。しかも窓全開。グロスに髪が張り付いて、悪魔のようになってしまいます。意思が通じたのか閉じてくれた。ふう。

さてさて、クラブに到着。プリビレは、アムネシアを通り過ぎてすぐの所。
ドームみたいなんが光っていて、すぐにそれと理解できる。

プリビレッジの入り口


大沢さんはメインフロアではなく、隣の部屋でプレイしているとのこと。写真を撮ろうとしたけど、カメラは禁止だったらしく止められる。

この奥に大沢さんが


しばらく中を探索した後、メインフロアのほうで、怪しい雑技団みたいな人らがパフォーマンスをしだしたので、それを見学する。空中芸もあり、まるでサーカスと劇団四季を合わせたようなショーに魅入る。

プリビレは、昨日のPACHAよりも爽やかな雰囲気。天上も高く、水が張り巡らされているので、なんかすごい開放的だった。これで天上から朝陽が照ったら最高だろうな、と想像する。

大沢さんの部屋で、他の日本人グループと遭遇。
懸賞のことを話すと、彼女も送っていたらしく「いいな〜、いいな〜」と。私もすごい確率の中、引き当てただけに運命ってすごいや、と思いつつ踊る。そのうち、踊るのに抵抗もなくなってきて、音楽に身を任す楽しさに目覚めてくる。

この後、外のショップでハムパンを頬張り、満腹状態でホテルで爆睡。

 9月5日(イビサ3日目)

この日は、「水の透明度がイビサを超える」といわれるフォルメンテーラ島へ行こうと、フェリー乗り場をうろつくことから始まる。
どの船かよくわからないため、船の側面に「フォルメンテーラ」と描かれている船に勝手に入ってみると、おたまを持ったおじさんが「駄目ですよ〜、入っちゃ」みたいなノリで出てきたので、外に出る。そのおじさんに、本当のフォルメンテーラ行きの船の停泊所を教えてもらい、無事に乗りこむ。

2階席は野外なので風が吹き荒れ、眺めは最高。イビサ城やイビサ沿いのビーチを見ながら、ゆったりと過ごす。しかし揺れる。ちょっと気持ち悪いな・・と思っていたら、港に着く。


降りたらすぐにビーチかと思っていた私たちは、ひとまず港内を散策することに。
貸し自転車かタクシーしか使える交通手段がないので、タクシーを選択。しかし、英語力も無いし土地についてもわからないので「ビューティフルビーチ、プリーズ」と言うと、運転手には通じたようである。彼お勧めのビーチに連れて行ってくれた。(おそらく近くにドクロのマークのレストランがあるところです。誰かが旅行記に書いていたような・・)

ビーチに着くと、想像を絶する美しさに眼を奪われる。砂は星屑のようにサラサラとしているし、底が余裕で見えるほど透き通った水は本当に水色。波によって造られた独特の模様がビーチの底全体に広がっている。本当に絵葉書みたい!!





パラソルとイスを陣取ると、早速、お金を払ってくれとばかりにボーイさんが出てきて、15ユーロくらいとられる。結構高い・・。

現金とデジカメは砂の中に埋めて、いざ海の中へ!



うわー、綺麗綺麗!と大はしゃぎしているが、周りの白人の目がおかしい。何故かなと思っていたら、私たちはイビサ島からずっと、膨らませた浮き輪を持参していたのであった。周囲を見渡すと、浮き輪などを使っている者はおらず、みんな水に浮いている。でも、私たちは何度やっても沈むばかりであった。人種の問題かしら、で片付けるが、おそらく水泳のセンスの問題。丸型の浮き輪はイビサではメジャーでないらしく、全く見なかった。ボード型のものはあった。

そして、トップレス。





昨日の昼食会のレストラン前(タラマンカ)でも普通に居たので慣れてきていたが、本当に開放的である。若い人もおばさんもブラブラとさせている。
・・・あれ?あれは男ではないか。唯独りだけ、白人男性がアンダーレスをしていた。彼以外は誰もやっていなかったので、彼は露出癖があるのであろうか。見ない見ないと思いつつも見てしまい、一つの思い出と化してしまった。

さて、帰ろうか、と思ったがタクシーをどう呼べばいいのかわからない。
ドクロのレストランに入って「コールタクシー?」と言ってみると名刺を渡される。後日考えると、このレストラン名で呼べばいいよということであったのだろうが、アホな私は「ここはレストランだから、飯を食ってから言ってくれ」のような意味に取り違え、お腹も減っていなかったので延々歩くことに。

・・・舐めていた。
30分くらい歩き続けたよ。
舗装されていない砂埃だらけの道、脇には塩田(すごく不吉に赤く濁っている)やサバンナのような荒涼とした土地が広がる。原付が何台も通る。当たり前のように二人乗りであり、しかも私たちを見て笑っている。「あれ?こんなところで日本人の女の子が何故に歩いているのかしら??」みたいな不思議そうなノリだ。思い切り見られていたが、じっと耐えて歩き続けると、漸くアスファルトの道に出る。

しかし、見渡す限り、どちらに行ったら港なのかわからない。
ギャルと泣きそうになりながら呆然としていると、目の前に車が停車する。気の良さげなおじさんが二人、運転席と助手席に座っていて、後ろの席を指差しながら「乗りなさい」と言ってくれる。もう疑うことなど考えなかった。フェリーのパンフレットを見せて「ゴーツーハーバー」と必死の形相で説明し、後ろに乗せてもらう。

車はスイスイと道を走り、あっという間に港近くの道に。「ここをまっすぐに行ったら港やで」ということで車を降り、感謝のお礼を繰り返しながら道を歩いていくと、港が!ああ〜、帰れる。
一時期は本気で野宿を考えていた。
TOYOTAや添乗員の方々に迷惑をかけないで、本当に良かった。

フェリーは丁度行ってしまっていたので、次を待つ間にレストランでネスレのアイスクリームを買って食べる。これが美味しい〜〜。クッキーのくるまれた棒状のアイスなんだけど、味が4種類くらいに分かれていて、クッキー自体も半分で味が変わるという凝り様。確か2ユーロぐらいだったと思うけど、イビサに行ったらアイスクリームは食べてみてくださいな。

フェリーが来たので乗ろうとすると、行きのフェリーと速さが違うらしく(それは高速船であった)、なんぼかお金を上乗せしないと乗れないと言われる。しかし、遅い船が来るのを待てば良い話なので、上乗せはしないことに。ただでさえ、物価高いのだからね。
 
イビサタウンに着き、前々からマクドナルドで食事をしたかったので入ってみる。
ハッピーセットは「ハッピーミール」と海外では言うらしく(英会話の先生がアメリカでもそう言うと教えてくれた)、「ハッピーミール、プリーズ」と言ってみる。ハンバーガーかチキンナゲットか選んでいくのだが、レジの人はあまり英語ができないらしく、かなり身振りで「チキンナゲット、プリーズ」と伝えなければならなかった。
ハッピーミールの内容はポテトとチキンナゲット、ジュース、おもちゃはディズニーのシンデレラの柄のステッキ、そしてその全てを入れられる紙の箱。こんな箱、日本のものには無いな〜、かわいらしいと思ったので、お持ち帰り。チキンナゲットは衣がしっかりしていて日本のものよりおいしかった。

まだ小腹が空いていたので、港近くのピザ屋さんで、無理やりお持ち帰りでピザを包んでもらう。キッチンペーパーを二重にしてくれて助かった。
ハムとキノコのピザであったが、チーズがとろけてキノコの風味も最高でおいしかった〜。ギャルがシャワーを浴びているうちに食べ終わってしまった。一口あげる気にもならないほど、美味しかったのである。

そして、今夜も仮眠タイム。
今夜はとうとう泡パーティー。初めての6時までの参戦となるのである。

午前3時くらいに、バスでアムネシアに。
何と、TOYOTAがVIPルームを30〜40万円ほどでキープしてくれたらしく、メインルームの踊り子が踊っているお立ち台のすぐ後方に、私たちの席が設えてある。
VIPのハンコを腕に押してもらって席につくと、1本3万円らしいシャンパンを、セクシーな姉ちゃんが腰をくねらせながら、グラスに一つ一つ注いでくれる。オレンジジュース、スプライトなども頼み、頼まな損やとテキーラまでボトルで頼む。一緒にツアーで来た女性から、テキーラの飲み方をご教授してもらい、しっかり酒を体に入れたことを確認してから踊りにでる。

メインルームより小さいルームで"GORGEOUS"(ゲイ・パーティー)をやっていて、踊り子に筋肉男が多く、股間に蔦みたいなものを付けただけの状態で踊り狂っているものだから、マッチョマニアの私としては踊るしかない。体を動かすと酔いが一気にめぐり、そのままメインルームへ移動する。

フロアの所々に客用のお立ち台があって、一緒にツアーに来た夫婦の旦那などが上がって踊っていたのを上で目撃していたので「自分もやらねば」と思い、お立ち台に這い上がる。ああ、気持ちいい。
「泡の時もここに居よう」と思い、一旦VIPルームで小休止を入れて、5時半ぐらいに、いよいよ泡が出る雰囲気になってきたので下に戻る。

上半身裸のおっさんが出てきて、シャンパンをフロアに注ぎ、踊り子たちが一列に並んでいる。
私は、泡に溺れる人々を是非上から見たかったので、お立ち台によじ登る。突如としてヤングマンが流れ、いよいよ泡スタート。

うおおおおお、これは無茶としか言いようが無い!
爆裂な勢いで、泡がバズーカ砲チックな筒から出てきて、一瞬のうちにフロアは泡の洪水に。
かろうじて頭の先だけ出ているひとが、何人かいる程度。メインフロアに居た数十人の人は、この底に眠っているのかい?お立ち台でYMCAを決めながら思う。
上から水が雨のように降ってきて泡の量を減らすが、すぐに新たな泡が降ってきて大混乱。
しかも、バリアフリーな床などでは決してなく、段差だらけなので歩くのは相当危険。階段の鋭い角が足を襲う!
スモークが泡を吹き散らし、顔だろうが腹だろうがお構い無しに泡に襲われる!


ツアーが一緒だった例の旦那もお立ち台に登っており、耳元で「飛び込もう」と言われたので、後先の判断もせず泡の海にダイブ。水と違って浮力など無いので、脚に衝撃が!!(旦那さんはゴキッと足が鳴ったらしい) 

だが、すぐに泡に溺れて、次は足の痛みなど忘れるぐらい呼吸困難に陥ってしまう。飛ぼうが跳ねようが空気のある層まで届かない!!
マジ死ぬ。

日本人女子154センチ身長では泡パーティーは無理か、無念・・・と思った時、白人男性に「オーマイガー」と抱きかかえられ助けられる。あれが無かったら遺体でしたわ。
懲りずに再度お立ち台によじ登る。盆踊りの手の動きを取り入れつつ、他人に肘鉄をくらわせないぐらいにミニマムに踊りまくる。

お立ち台上で、他の外国人と手をとって踊ったり、それはそれはボーダーレスでピースフルな一晩であった。下着、カバン、スニーカーの芯まで濡れてしまっていたので帰りに近未来的な内装の変なシャワーで泡を洗い落とす。添乗員さんからタオルを渡してもらい、バスでぬくぬくと帰る。

窓からは後先考えずに来てしまい、タクシーに乗車拒否されて幹線道路を延々と歩き続ける運命であろう人々の群れができていた。

 9月6日(4日目)

昨日寝たのが7時くらいなのに、ホテルの朝ごはんの時間内(11時くらい)にきっちり起きて、普通に御飯を食べる。
オムレツを焼いてくれるコックがいて、具を選んで注文するが、4つも言ったら笑われてしまった。でも、具沢山のほうが美味しいはずである。
 
今日は、イビサ本島のビーチに行きたいということで、タクシーの運転手に地図に丸をうって「アイ ウォンツーゴー ディス プレイス」と、このページでもお勧めになっていたSa Caletaに行ってくれ、と言ったのに、渋っている。英語で何か喋ってくれているのだが、わからない。どうやら、彼のお勧めはLes Salinesらしく、そこにやったら行ったるわ的ノリ。私たちも、相当イビサのゆるいだらけた適当な雰囲気に犯されていたので「OKOK、レッツゴー」で承諾。

塩田を見ながら、山地のようなところへタクシーは入っていき、ふいに林の中の道路で止められる。お金を払って外に出て見回すと、山地。
あれ?ビーチのはずなのに、おかしいな?
と思ったが、焦ったら負けである。道を歩いている人の足元をチェックすると、ビーチサンダル。この人らについていけば海に出るはず。トコトコトコ・・・・ああ、やっぱり!海発見。

しかし、レストラン前のデッキチェアとパラソルは、ことごとく予約席。仕方なく木陰に荷物を置き、なんとその日に限って服の下に水着を仕込んでおらず、ジーパン。その場で着替えた。その場で生着替えなど、これ以降することも無いだろう・・・。
一瞬下半身露出するもんね。軽犯罪だ。



海は、フォルメンテーラよりは透明度は低いが、足元は余裕で見える。

浮き輪で漂った後、砂浜に文字を書く。日本人がいないのをいいことに「うんこ」と巨大な文字で書く。ギャルは彼氏との相合傘を書いていたのに、自分の汚れようといったら。涙も出ない。むしろ絵付きで書いてやる。

そろそろ出よう、ということで、砂を払っていたのだが、ビキニの中にまで砂が溜まっていた。「もういいんじゃないか、出したって」という同意見で、二人ともトップレスに。乳丸出しでビキニを一心不乱に洗う日本人を、他の人々は怪訝な目で見ていた。

フォルメンテーラで懲りたので、行きのタクシーに電話番号を聞いていたのだが、何度かけても話し中。悪い予感がする中、奇跡的に客を乗せたタクシーが一台、やってくるではないか。猛ダッシュして捕まえ、「サンアントニ、プリーズ」と頼む。昼過ぎからはイビサ第二の都市、サン・アントニへ行こうと思っていたのであった。

だが、サン・アントニに着くと、生憎の小雨。
しかもシエスタタイム真っ最中。
どこも店は閉まっていて、空いているのはドラッグストアか高級ブランドのぱちもんを売っている店のみ。しかも、一瞬で偽物と見破れるぐらい安物くさい。逆にお土産にいいかも、と思いつつ、有名なカフェデルマールへ。

道に迷いつつ、白人の姉さんに「真っ直ぐ行ったらいいんや」と言われて、素直に行くと海岸に到着。横並びにカフェが並んでいて、どれが一番有名どころのデルマールなのかよくわからないので、とりあえず歩いてみることに。
すると、爽やかな白人男性二人組が近づいてきて、なにやらカメラのシャッターを押して欲しそうであったので、快く引き受ける。彼ら二人の間には「カフェデルマール」と書かれた看板が。ああ、ここだったのかと思い、「わしらも撮ってくれや〜」と適当な英語で頼んでみると、「シュワ」と快諾され撮ってくれた。

ジェスチャーは重要だね、と実感しながらカフェ内を見ると、開店してないではないか。ここはまだシエスタ中のようである。一番端っこのカフェでオレンジジュース、ギャルは極彩色なアイスバーを買う。

トイレは壊れていた。
ていうか2個あったうちの一つにはでっかいアレが丸々・・・。「うっ・・・」と思いながら席に戻り、必死で海を見た。砂浜ではなく、岩がごつごつとしている岩礁といった感じ。そこにチェアとパラソルがあり、水着でゴロゴロしている人も多かった。
遠くの海では、遊覧船がひっきりなしに通っており、上空をパラシュートで飛んでいる人もチラホラ。気持ち良さそう・・。近くにはホテルもあるみたいで、こっち側に泊まっても素敵な休日になりそうだわ、と思う。
しかし、イビサタウンのほうが治安は良さそう。のんびりしてるし。



夕食会に間に合わないので、タクシーでサクッと帰る。ここでも「ああ〜、タラマンカ ホテル エルコルソ?」と適当な単語で頼んだ。このスリル、たまらんな・・。

夕食会の場所へは、40分ほどバスを走らせるらしく、途中から本格的な砂利道に。そして、"Cala d’Hort"という、お勧めビーチにも入る、奇岩の浮いている場所にあるレストランに。

奇岩は本当に幻想的だった。ベトナムのハロン湾のような景観。仙人がいそう。



その奇岩を夕暮れの中に見ながら坂を下り、見た目は掘っ立て小屋のレストランに。
添乗員さん曰く、見た目はこんなだが、中は素敵なところらしいので入ってみると、海に突き出たテラスの上が客席になっている。うわ〜〜、素敵。勿論テラスからはあの奇岩たちが見え、夕暮れのコントラストは絶頂の美しさ。そこで無料でご飯をいただくなんて・・。

フルーツワインとワインが運ばれてくる。
今回も、ドリンク類は全て頼み放題らしい。特別にカンパリオレンジと、カルーアミルクを作ってもらう。イビサにはカシス、カルーアなどの甘いカクテルはないようだ。カルーアの元も何か違うもので代用してもらったようである。ご苦労かけました・・。牛乳の味が日本のさっぱりとは違い、少し練乳チックで、濃厚さが半端でなく、とても美味しかった。
パンに塗るサワークリームがとても美味しくて、メインの前にパンをほとんど食べてしまうが、余裕でメインも食べれた。確か煮魚のリゾットのようなものだった気が。
フルーツワインにはまった私は、余裕で5杯くらい飲み干し、お立ち台で共に踊った夫婦の夫の方に、ワインを他のテーブルから取ってきてもらうという失礼を犯す。今思ったらヨレヨレになるぐらい酔っていたような。
トイレは地下だったので、行くのがつらかった。

最後に、例のホセが「イビサコーヒー」なるものがあるので、是非飲んで欲しいと勧めるので、全員一つずつ頼む。
でかい鍋に、黒い液体がなみなみと入れられ、暖められている。香りはコーヒーではない。なんだ、これは・・。恐る恐る口に運ぶと、強烈なブランデーの味が。イビサコーヒーは、ブランデーとコーヒーを割ったもので、すごく酒がきいている。
こんなん、大人じゃないと飲めない・・。ホセは美味しそうに飲み干していたが、私らにはきつかった・・。
ベトナムコーヒーは練乳が入っていて美味しいけど、イビサではブランデーなのか・・・。各国でコーヒー事情というのは違うものですね。

奇岩が完璧に闇に隠れ、潮風が寒くなってきた頃、バスで夜の砂利道を走る。怖かった。何か出てきてもいいぐらい茂みが茂ってるし、道は揺れるし。

最後の夜は、クラブには行かずそのまま就寝。
ああ〜明日はずっと移動日だ。

 9月7日(イビサ5日目)

このホテル最後の朝ごはん。
お金を結構遣ってしまっていたので、密封されているクッキーを8個、紅茶を5個くらい持って帰る。これを大学の友達等に配ろう。2ユーロで売ってたと言おう。ひひひ。
ギャルも、ヴィトンのウエストポーチが締まらなくなるほど、パンパンに詰め込んでいる。この図太さが関西人気質である。

荷物をまとめ、バスに乗る。
ああ〜〜、楽しかったよ〜。まさしく楽園だった。

空港に着くと、大沢伸一さんが椅子に座っていたので、話しかけてみる。
大沢さんは、昨日の奇岩ビーチに滞在していたらしい。観光客も少なく、穴場で静かに過ごせたらしい。
大沢さんが「9月25日に行う、京都"WORLD"でのイベントに来ていいよ。ゲスト枠で入れるように手配しとくわ〜」と言ってくれた。思わず私は、「う、嬉しいです。ところで誰がメインのイベントなんですか?」とまたもや失礼な発言をかまし、秒速の速さで「いや、俺だよ」と突っ込まれる。さすが滋賀県出身、関西圏。突っ込みが速い。間もいい。
平謝りしながら飛行機に乗る。
(後日、私たちは予定通り京都に行き、ゲスト枠で入れてもらった。覚えててもらって光栄です。)

イビサからマドリッド、そしてアムステルダム、成田、伊丹と移動。死にたいと思うほど酷な帰り道だった。でも帰りも飛行機はガラガラで横になって寝れたのが救いだった。寝ちゃったら勝ちやもんね。
ロシア上空が寒くて毛布5枚を巻きつけて寝た。

今回初ヨーロッパなので、きばってブランドを買ってやると思っていたのだが、売っていない。グッチ、ディオール、ヴィトン、シャネルはほとんど無し。カルティエ、エルメス、ロエベは売っている。それが楽しみだったギャルは、ほとんど顔面蒼白になり、口から泡を出すのではないかと思うほど落ち込んでいた。エルメスのポシェットを9000円ほどで買っていた。
スペイン方面は、あまりブランド買いまくりといった雰囲気ではないかも。化粧品は豊富だったよ。

イビサは、良い意味で間の抜けたのんびりした島だった。
この後でベトナムにも行ったけど、もっと生活感丸出し。それもある意味面白いのだが、イビサは生活感が無いのが良かった。

しかし、TOYOTAの力で添乗員や現地ガイドの方を付けてもらえたから、安全な旅を送れたわけで、うちら二人だけだったら、日本に帰れていたか怪しいところである。
ただ、昼前に起きて、ノロノロと御飯を食べ、ビーチでトロトロと泳いで街をフラット歩き、夜はクラブでトランス状態になるまで踊りまくる、なんていう天国のような生活をできるのは、イビサだけではないだろうか。
他のツアーとかって、結構朝早いし、キビキビとした行動が求められるし。

欲望のままダラけられるイビサ島、また行きたいです。切実に。


戻る